2006年1月12日

少年法「改正」法案の問題点
― 福祉・教育による援助・支援型から、警察中心の取締り・監視型への転換

弁護士 斎 藤 義 房


[本格審議は本年3月以降に]
 政府が2005年3月に国会に提出した少年法「改正」法案は、実質審議に入らないまま、昨年8月8日の衆議院解散で廃案となりました。しかし、本年3月に国会に再上程され、本格審議入りする見込みです。

[法案の内容]
 今回の法案の内容は、1)14歳未満で刑罰法規に触れる行為をした少年や将来犯罪をおかすおそれのある少年に対する警察官の調査権限の拡大・強化、2)14歳未満の少年も少年院に入れる、3)保護観察中の遵守事項を守らない少年を少年院に入れる、4)重大な事件をおかした少年に弁護士付添人が選任されていない場合に、国が弁護士を付ける、というものです。
 日弁連は、4)の国選付添人制度の導入は賛成していますが、その余の1)〜3)は、いずれも大きな問題があるとして、反対しています。

[法案の問題点]
1. 警察の調査権限の拡大・強化
(1) 14歳未満の少年の刑罰法規に触れる行為について、警察が聴き取り調査をするのがふさわしいとは言えません。
 14歳未満で重大事件をおこした子どもの多くは虐待やいじめを受けていたり、複雑な生育歴を有しています。そのような子どもに対する聴き取りは、児童相談所が福祉的・教育的な観点から丁寧に行ってこそ、非行の背景を探り出すことができるでしょう。
 佐世保事件の被害者のお父さんの手記が、昨年6月1日の新聞に掲載されています。その手記でも、「事件直後の警察の事情聴取は綿密だったが、犯罪行為の立証が中心であった。行為に至る背景を引き出さなければ真の姿は見えない。そのためには、事件直後の適切なカウンセリングが重要であって、児童相談所にはその機能が求められている。」と指摘しています。
 弁護士の立場からは、警察が幼い少年に対して不適切な取調べを行い、虚偽の自白をさせて冤罪を生み出すおそれを強調したいのです。警察の取調べは、少年であっても、保護者や弁護士の立ち会いがなされないままに密室で行われています。大人ですら警察の強引な取調べにより、やってもいないことをやったと自白してしまうことがあります。死刑再審無罪事件を思い出して下さい。少年の場合は大人以上に萎縮し、取調官に迎合して、虚偽の自白をしてしまう傾向があります。14歳未満の少年では、なおさらです。
 日弁連は、警察の取調べは、少なくともビデオ録画や録音など、後で警察の取調べ状況を検証できるような方策がとられるべきだと主張していますが、それがないままに警察の調査権限を拡大・強化することは大問題であり、むしろ事案の真相解明が遠のいてしまうと言わざるを得ません。
(2) 将来犯罪をおかすおそれのある子ども(少年法では、ぐ犯少年と言います)に対する警察の調査権限を認めることは、さらに問題です。
 ぐ犯少年は、その範囲がとても曖昧です。今回の法案は、警察が「ぐ犯少年である疑いのある者」を発見した場合に、調査することができるとしています。つまり、「犯罪をおかすおそれの疑い」です。これでは、警察の権限行使の歯止めが無いに等しいでしょう。親や学校が警察の世話になる様な子どもではないと思っているのに、警察の考え一つで、子どもたちが警察の調査の対象となってしまいます。調査の方法としては、警察が子どもや親を呼び出して質問したり、学校や様々な団体に対して子どもの情報の報告を求めることができることになります。警察に対する学校の情報提供は、学校と子どもとの信頼関係の破壊につながる大問題を含んでいます。そして、警察が、少年を児童相談所や家庭裁判所の手続にのせるかどうかの判断権を持つことになり、警察がいつまでも少年を手元において監視を続けることもできることになります。

2. 14歳未満の少年の少年院送致
 法務省は、14歳未満の少年にも処遇選択の幅を広げるのだと説明をしています。しかし、長崎事件を受けて出された今回の法「改正」の経緯を見ると、重大な事件を犯した少年を児童自立支援施設に入れるのでは甘すぎるという考え方が浮き出ています。その結果、重大な事件を犯した少年は、事件の重大性ゆえに少年院に収容されるという危険性が高いと言えるでしょう。しかも、小学生も少年院送致の対象です。
 少年院は、一般社会とは異なる集団規律により、少年に規範を順守する精神を育てることを目的としています。しかし、とりわけ重大な事件を犯すに至った14歳未満の少年ほど、被虐待体験を含む複雑な生育歴を有していることが多く、そのため、人格形成が未熟で対人関係を築く能力に欠けており、規範を理解して受け容れるところまで育っていないことが多いのです。ですから、再非行防止のためには、まずは温かい疑似家庭の自立支援施設で「育てなおし」をすることが必要です。なるべく一般社会に近い形での、親代わりの福祉施設の職員や同年代の児童との関わりなくして、少年を更生させることはできません。成育歴の中で自分自身が傷ついた体験を持っている少年は、自らが一人の人格として大切にされることを体験して初めて、自分の犯した罪の重大性に向き合い、贖罪の気持ちを持てるようになるのです。
 国立の児童自立支援施設である武蔵野学院の前院長徳地昭男氏が「殺人等の重大な事件を起こした少年も武蔵野学院で十分対応できており、再度非行を犯すことなく更生している」と報告していることを重視すべきです。

3. 保護観察中の少年の遵守事項違反を理由とする少年院送致
 法務省は、保護観察中の少年が保護司のところに面接に来なくて大変苦労しているからと説明しています。しかし、現状の対応策として、少年院に収容する新たな制度が必要かどうかが問題です。実は現行の犯罪者予防更生法42条でも、保護観察中の少年がぐ犯、すなわち罪を犯す恐れがある段階に至った場合には、家庭裁判所に通告して少年院に送致するという制度があります。また、同法41条によれば、保護観察所長は、いつでも保護観察中の少年を呼び出し、質問をすることができるし、呼び出しに応じない場合は、裁判所が引致状を発することもできます。なぜ、その制度では足りないのか、全く説明がありません。
 さらに、ぐ犯に至らない遵守事項違反、例えば学校にきちんと行くとか保護司のもとを月1回訪れるというような遵守事項に違反しただけで、少年院送致にすることは、あまりにもバランスを失するのではないでしょうか。
 このような制度の導入は、遵守事項を守らないと少年院送致になるぞという脅しによって保護観察を確保しようとするものであり、少年との信頼関係を基礎に少年の改善更生に取り組むという保護観察制度の真髄を変質させてしまうでしょう。
 昨年6月21日に開かれた日弁連主催の市民集会で現職の保護司が「子どもをチクル保護司にされるくらいなら、保護司をやめたい」と述べましたが、この発言が制度の問題点を端的に言い当てています。

[いま求められていること]
1. 日弁連は、2001年に、非行少年とその保護者、事件を担当した付添人弁護士に対する聴き取り調査を全国で実施しました。あわせて大阪と奈良の普通高校2年生に対するアンケート調査を実施し、非行少年の声との対照を行ないました。
 その結果、家庭と非行との関係では、非行少年群に虐待を受けたという割合が多く認められ、非行少年のうちでも2回以上家庭裁判所に送られた少年に被虐待経験の割合がより高く認められました。
 また、学校と非行との関係では、「学業成績」および「遅刻・欠席などの学校離脱傾向」と非行の関連性が明確になりました。「分かる授業」を保障することや「努力したら成績評価が上がった」という喜びを体験させることなどが、非行防止の観点から重要で有効であることが明らかになっています。
 重大な犯罪をおかした少年ほど、成育過程でさまざまなハンディを背負い、自己肯定感を持てない子どもが多く、そのような少年の更生に必要なことは、まず少年の心の傷を受けとめることであり、福祉的・教育的援助をすることです。少年は、自らを受容されることではじめて、他人を受容することができるようになります。このことは、子どもに対して福祉的・教育的支援を早期に手厚くすることこそ、子どもの非行防止につながることを示しています。(日弁連編「検証少年犯罪」日本評論社、2002年)
 国は、児童福祉の施設および人員配置に関する最低基準の見直しをすすめるべきです。また、地方公共団体は、児童相談所、児童養護施設などの職員の大幅増員および研修の保障、一時保護所などの施設の整備をすすめるとともに、学校においては、子どもたちが楽しく学べ、一人ひとりの子どもに目が行き届くことができるように、30人以下学級を実現すべきです。

2. 今回の法案は、児童相談所や児童自立支援施設を中心に、長年積み重ねてきた児童福祉の成果を後退させ、非行少年に対する福祉的アプローチを狭め、「ぐ犯の疑い」があるとの理由で、警察が家庭や学校の教育(子育て)にまで介入してくる途を開くものです。
 警察庁「少年非行防止法制に関する研究会」は、2004年12月、「少年非行防止法制の在り方について(提言)」を発表しました。そこでは、「不良行為」という犯罪から程遠い行為についても補導できる権限を警察に付与する法律の制定を求めています。今回の少年法「改正」は、警察庁の方針の法制化の一環です。

3. いま、わが国の少年非行防止および非行少年の立ち直り支援の基本施策は、重大な転換点に立っているように思います。
 児童相談所は虐待相談や非行相談で多忙をきわめているのに、2004年5月1日現在、全国で児童福祉司が1,807人しか配置されていません。福祉・教育の現場からは、増員を求める切実な声が上がっています。
 他方で、警察は、「地方警察官1万人増員3カ年計画」に基づき、2002年からの3年間で少年警察部門だけでも976人増員配置されています。
 警察予算の急増と対比して、福祉・教育予算の貧困は明らかです。
 今回の少年法「改正」法案は、本来最も有効な非行防止施策である福祉と教育による子どもの成長支援を充実させないまま、警察中心の方向に傾斜している非行防止施策の再検討を放棄し、国の基本施策の理念を福祉・教育による援助・支援型から警察中心の取締り・監視型へと転換させ固定化させる法案であると言うべきでしょう。
 本年3月以降の本格審議入りに向けて、全国各地で声をあげましょう。 

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